こどもが教えてくれた「嫌なときはイヤ」と言うこと。嫌と言えない人は「他人中心」になっているのかも

あなたはちゃんと自分が「嫌」と感じた時は「イヤです」と言えますか?

僕はというと、嫌と言ったり、断ったりするのが苦手です。

 

大人になるにつれ、いつの間にか「嫌」ということが苦手になってきたような気がします。

行きたくもない飲み会の誘いを断れなくてしぶしぶ行ってしまったり、

面白くもないジョークにもヘラヘラと笑い、

歳をとるにつれて、自分の意見を表に出せない人間に、気づいた時にはなっていました。

 

でも、意外にも自分のこどもが教えてくれました。嫌だって思ったら、嫌って言っていいんだってことを!

こどもが教えてくれた「嫌なときはイヤ」と言うこと。嫌と言えない人は「他人中心」になっているのかも

自分がイヤだと思った時には「嫌」って言っていいことに気づかせてくれたのは自分の娘です。

 

近所の公園にいったときのこと。

こどもを遊具に載せようと思い「これ乗る?」と聞いてみたところ、

「のんの!」

最近覚えた「嫌」という意味の言葉。

こどもは素直に嫌って言える!

1歳の娘は僕の顔を見ながら身振り手振りを交え「のんの!」と、嫌だという意思表示をしっかり伝えてきます。

こどもって本当に素直ですよね!嫌なことは普通に「嫌だ」って言えるんですから。

 

あれ?まてよ…、いつから僕らは「嫌だ」って言えなくなってしまったんだろう。

いつの間にか軽々しく嫌って言えなくなってたかも

こどもに「のんの!」、つまり嫌と言われてハッとしましたが、本来は「嫌だ」っていう意思表示って普通ですよね。

 

自分のやりたくないことには嫌って言いたいし、

自分の嫌いなものにも嫌って言ってもいい、

嫌なものは嫌なんですよね。

 

でも、いつからか「嫌」という言葉を出来るだけ避けて、極力柔らかな言葉で、ふんわりしたニュアンスで「嫌だ」ということを伝えているような気がします。

嫌という意思表示をすること自体に抵抗ができてしまっていた。そう感じるのです。

本来は他人の目線なんて気にしなくていい

本来ならば嫌だという意思表示をするのは当たり前。自分が嫌なんだから嫌って言っていいはず。

 

それなのに、どうして嫌と言えなくなってしまったのか、考えてみるとこんな理由があるように思います。

  • 他人からの評価を気にしすぎている
  • 自分の気持ちを伝えるのが下手
  • 嫌と伝えたことで嫌われるのが怖い
  • 嫌というのは無礼だと思っている
  • YESということが好まれると思っている

 

嫌って伝えるのって相手に悪いなとか、嫌われちゃうかもって思ってしまって、嫌という気持ちを伝えるためのハッキリとした意思表示を避けてるんですよね。

もしかして、これって自分の気持ちよりも他人の気持ちを優先してしまっているのかもしれません。

僕らは他人中心の考え方に染まってしまったのかもしれない

学生生活を送ったり、バイトしたり、仕事しているうちに、いつの間にか他人の期待に応えようとしすぎています。

 

なんとなく「嫌です」とか「ごめんなさい」「無理です」とか、ネガティブな印象があるので、単純に言いづらいですよね。

嫌という意思表示をすると「そんな事言うなよ」的なことをよく言われた気がします。

嫌と伝えた後にどう思われるか怖い

これまでの経験からして「嫌です」と自分の意思を伝えた後は嫌がられることが多かったように思います。

 

「えー、ダメなの」とか「期待してたのに」「なんで?嫌な理由言えよ」とか言われたこともあるので、断ったりした後は相手の気持ちを傷つけてしまったかな、悪いことしたなと思ってました。

ある種の罪悪感のようなもの。釈然としないアノ気持ちです。

 

嫌われたかもな、悪口言われてるかもしれないと思うと、凹みます。

こんな重い気持ちになるくらいなら「嫌」って言ったり、断るのってやだなぁって心のどっかで思っていたのかもしれません。

基本的に相手がどう思うかは相手の勝手

しかし、自分が誰かを誘ったとして、「嫌です」とか言われたり「行けないです」とか言われたところで「残念、また今度かな」って感じです。少しは凹みますけど、「しょうがないか」ってところです。

自分なら「嫌だ」といわれてもちょこっと凹むくらいで、相手を悪く思ったり、憎むようなことは基本的にはありません。

それなのに自分が断ったり、嫌だと伝える時に相手の気持ちを考えてしまうのは考え方として「他人中心」になりすぎているように思います。

相手がどう思うかを先読みして、否定的な意見やネガティブな発言をさけてしまっているんです。怖がりすぎなんですよね。

 

相手がどう思おうが、自分がどう思うが、勝手だというのに「いい子ちゃん」でありたいばっかりにラクをして、相手の気持ちに沿うような行動を取っていた気がします。

信頼関係があれば普通に「嫌」って言えるはず

そもそもですけど、ちゃんとした信頼関係を持っている人同士なら、「嫌だ」と言うことに抵抗はないはずです。

仲のいい友達に飲みに誘われたところで、「ごめん俺はいいや」って普通に断れますよね。

それって信頼関係がちゃんとあって、断っても大丈夫という安心感があるからハッキリと断わることが出来るんです。

面と向かって嫌だと言ったり、断わることが出来ないのは信頼関係が薄い証拠。

「NO!」と言えない時点で、あなたが相手を信頼していないんだってことを自覚することも大切かもしれません。

他人中心の考えじゃなく自分の気持ちに素直になろう

1歳の娘は僕に「NO」ということは普通なんだよと気付かせてくれました。

自分が嫌と思ったことには嫌って言っていいし、嫌いだなと感じたらそれを伝えたっていいんです。

最近は自分の気持ちを伝えるのが苦手な人が多い印象を受けます。

自分の気持ちをうまく打ち明けることが出来ないせいで、鬱になってしまったり、精神的につかれてしまったりするのかもしれません。

みんな変に自分に厳しくしすぎていて、変に他人に優しすぎるのでしょう。

正直じゃない人の意見なんて信用できない

でも、仕事で部下を持ったりすると、必要以上に相手の気持ちに応えようとして自分の意見を正直に言わない人って信用できないですよね。

例えば自分の考えた案に変な部分や不安要素がないか聞きたいのに、「バッチリですよ!それでいきましょう!」みたいな機嫌取りみたいな発言をする人は全然信用できないです。

「違うんじゃないですか?」とか、「ここ変ですよ」と指摘してくれる方が、ちゃんと考えてくれていて誠実ですよね。

そういうふうに、正直な意見を出さなかったりと自分の意思表示をハッキリしないひとは、信用できないので、自分の意思表示はハッキリと出すべきです。

 

自分の頭で考えて意思表示はしっかりしましょう。

「嫌なものはイヤ」「自分はこう考えている」

そういうものを整った言葉で伝えられるのが、大人とこどもの違いなのかもしれません。

 

どうしても人の目が気になってしまう、嫌われることが怖いという方は「嫌われる勇気」を一読してみることをお薦めします。もしかしたら人生観が変わるかもしれません。価格以上に読む価値のある一冊です。

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